遺贈と遺留分侵害額請求

相続税・贈与税

⏱この記事は 7 分で読めます。

今回は、遺贈と遺留分侵害額請求がテーマです。

どちらも相続に関係する用語ですが、その関係性はもとより、それぞれの用語の意味も、何となく知ってるけど、という感じだと思います。

でも、いわゆる「争続」の原因は、この遺贈と遺留分侵害額請求の制度に拠るところが大きいと思います。

制度自体、必要な事は間違いないですが、何が揉め事の原因になるのか、どうしたら揉め事を回避できるのか、考えていきたいと思います。

 

用語の意味

遺贈

被相続人(亡くなられた方)の財産を引継ぐ方法は、大きく分けて、相続と贈与の2種類があります。

相続は、親族等の法定相続人を相手方とする相続と、それ以外の遺贈に分けられます。

遺贈は、被相続人の遺言によって、相続人以外の自然人や、法人に贈与する事を指します。

通常の贈与と違い、遺言書という被相続人の行為のみで成立し、受け取るか否かは受贈者の意思に委ねられます。

死因贈与

ここで、遺贈とよく似ている用語である死因贈与について、触れておきます。

通常の贈与は生前贈与とも呼ばれますが、贈与者の死亡を原因として効力が発生する贈与を、死因贈与と呼びます。

死因贈与は、贈与契約の一種で、遺贈とは異なり、当事者間の合意が必要です。

遺贈は、被相続人の一方的な行為なので、遺言書を書き換える事で、いつでも撤回が可能なのに対し、死因贈与は双方の契約なので、撤回はできないようにも思われます。

しかし、死因贈与の契約については、民法の遺贈の規程が準用され、最終意思を尊重する観点から、贈与者の一方的な意思表示で、撤回が可能とされています。

但し、不動産の場合は、仮登記をしておく事によって、受贈者の同意がないと撤回をしにくくする効果があるので、贈与者の行為が制限される場合があると言えるでしょう。

なお、同居親族が贈与者の身の回りの世話をする事を条件に締結する「負担付死因贈与契約」については、贈与者は自由に撤回する事ができなくなります。

同居親族がこの契約の義務を履行している場合、契約と矛盾するような遺言書(この親族以外に自宅を相続させる等)があったとしても、死因贈与契約が優先されます。

遺留分侵害額請求

遺留分とは、法定相続人に与えられた権利で、権利を主張する事で最低限もらえる遺産の事です。

遺言書がある場合は、基本的に遺言書の内容が尊重されますが、この遺留分を侵害するような内容だった場合、侵害された相続人は、遺留分の請求を行えますが、この行為を遺留分侵害額請求と言います。

遺留分の請求は、配偶者のほか、直系卑属(子供・孫)や直系尊属(父母・祖父母)に認められていますが、兄弟姉妹や甥姪には認められていません。

遺留分の金額は、法定相続割合の半分です。

配偶者と子供2人の場合、法定相続割合は、配偶者1/2、子供がそれぞれ1/4なので、遺留分は配偶者1/4、子供は1/8という事になります。

相続財産が現預金のみがであれば問題ないですが、大半を不動産が占めるような場合は、遺留分の請求が発生した時に、共有財産が発生する原因にもなります。

 

制度内容

遺留分に関する民法改正

遺留分に関する請求は、以前は遺留分減殺請求と呼んでいましたが、2019年の民法改正により、遺留分侵害額請求という呼び方に変わりました。

旧民法の減殺請求と、改正民法の侵害額請求の主な違いは、以下2点です。

  • 財産自体を対象とするか、金銭で解決するか
  • 遺留分の基礎となる生前贈与の範囲の違い

旧民法では、不動産が対象財産にされると、所有権が共有になってしまう事が多く、財産処分にあたって大きな障害となるケースがありました。

改正民法では、共有財産の発生を回避し、迅速な紛争解決を目指しているものと思われます。

また旧民法では、生前贈与は時期に関わらず算定基礎に含めていました。

改正民法では、相続人に対する生前贈与は相続開始前10年間、相続人以外に対する生前贈与は相続開始前1年間に贈与された財産に限り、算定基礎に含める事になりました。

なお、贈与者と受贈者の双方が遺留分侵害を知っていた場合には、生前贈与は時期に関わらず、算定基礎に含まれる事になります。

遺贈の相続税計算

遺贈や死因贈与は、亡くなられた人の財産に関する事なので、贈与税ではなく、相続税の対象です。

遺贈が通常の相続と異なる点は、以下の点です。

  • 基礎控除の法定相続人の人数に、遺贈の受取人は含まれない
  • 遺贈の受取人は、割り当てられた額の2割増しの相続税を納付する
  • 死亡退職金・保険金を遺贈で受け取る場合、非課税枠が適用されない
  • 親族以外は、小規模宅地等の特例が適用されない
  • 不動産の登録免許税は、相続0.4%、遺贈2%
  • 不動産取得税は、相続・包括遺贈は非課税、特定遺贈は3~4%

遺贈がある場合の相続税の計算は、基礎控除の人数に含まれない点をはじめ、非課税枠や特例の適用外になるなど、通常の相続に比べて不利な扱いを受けます。

なお、相続税の計算は、法定相続割合で財産を分割して全体の相続税の計算をするステップまでは通常と同じであり、2割増しの適用は、遺贈の受取人に割り当てられた納税額に対するものである為、相続人の納税額への影響はありません。

 

遺贈の問題点

生前に知らせないまま、遺言書に遺贈を含む内容があったら、相続人にとっては晴天の霹靂だと思います。

相続人にとっては、無関係な第三者が被相続人の財産を引継ぐとなれば、どういった経緯があるのか、疑問に感じる事にもなるでしょう。

遺贈の受取人にとっても、相続人から反発される事態が予見できる為、遺言書の法定要件を満たす事や、遺言執行人の選定等の事前準備をしておかないと、相続開始後に不安定な状況に置かれる事になります。

包括遺贈

遺贈の内容が包括遺贈になると、権利だけでなく義務も引き継ぐため、借金なども引継ぎ対象になってしまいます。

包括遺贈を放棄する場合は、相続開始を知った時から3ヶ月以内に家庭裁判所に申立を行う必要があります。(特定遺贈の場合は時期に制限なし)

相続人の協力が得られない

遺言書で法定相続人が対象になっている場合、それぞれの相続人は単独で名義変更の登記手続等を行う事ができます。

ところが、遺贈の受取人は、遺言書でその旨が記載されていたとしても、原則として相続人全員の協力(印鑑証明書の提出、及び委任状等の署名・捺印)が必要です。

事前に遺言執行人が指定されていれば、執行人の協力を得て進める事も可能になりますが、指定がない場合、遺贈の受取人は家庭裁判所へ遺言執行人選定の申立を行い、手続を進める事になります。

不動産登記の対抗要件

通常の相続であれば、不動産の法定相続分に係る持ち分は、登記を経ずとも第三者に対抗する事ができます。

しかし、法定相続割合を超える部分の相続や、遺贈によって引き継いだ持ち分は、登記前に譲渡されてしまった場合、第三者に対抗する事ができません。

その為、相続人の協力が得られずに登記手続に時間がかかる場合、取引の安全が阻害されるリスクが高まります。

 

遺留分の問題点

相続に関する法律は、亡くなられた方の最終意思を尊重します。

一方、相続人の最低限の権利も認めてあげて、相続人間の争いが長期化しないようにする必要もあるかと思います。

遺留分侵害額請求の制度は、上記の趣旨を具体的な数値に落とし込んだ制度だと思いますが、一方で、この制度が発端で、相続人間の争いが発生する要因にもなっています。

遺言書の内容

遺言書が、特定の相続人を指名して法定相続割合を超える金額を相続させるという内容であれば、割合を減らされた他の相続人には、不満が残る事になります。

普段から相続人間の関係が良好なら問題なさそうに見えますが、生前において良好であっても、いざ相続の話し合いになったとたん、争いが勃発するというのは、よくある事だと思います。

疎遠な関係より、むしろ親密な関係の方が、争いが泥沼化しやすい印象もあります。

争いが生じないよう、遺言書が遺留分を侵害しないような内容にしておくのがベストですが、そもそも遺留分という概念が広く認知されているとは言い難い状況が、まずあると思います。

更に言えば、好きな人やお世話になった人に対し、好意やお礼の意味を込めて、相続財産の割合を多くするというのは、普通の事じゃないでしょうか。

遺言書との優劣

しかし、遺留分の請求は、遺言書の内容より優先されるので、遺言書によっても奪えない、強力な権利と言えます。

遺言執行人が指名されていなければ、遺言書の執行は相続人次第になるので、相続人全員が同意すれば、遺言書とは全く異なる内容の割合にする事もできます。

さらに、相続人全員が同意しているのに、遺言執行人が反対する事はほとんどないので、遺言書があっても、被相続人の意思通りにはならない事になります。

もちろん、遺産分割で揉めるようなケースでは、相続人全員の同意には至らないので、調停や裁判の場で、遺言書の内容や遺留分の状況を踏まえ、各相続人にとって公平な割合に落ち着くのではないかと思います。

遺贈や贈与との関係

遺留分の侵害額は、上記で説明した遺贈や死因贈与に加え、一定の生前贈与も対象になります。

侵害額の請求が、相続人が承継した財産では不足する場合は、遺贈→死因贈与→生前贈与の順序で負担します。

遺贈や死因贈与の場合は、親族以外の第三者への請求になる事があり、手続や財産の評価を巡る争いに発展する可能性が考えられます。

また、生前贈与に対する請求は、過去に確定している契約関係に対して、円満な解決が図られるのか、難しい面があると思います。

 

最後に

こうして見ると、遺贈や遺留分の制度は、争いを生む種がある事がわかります。

そもそも、全て法定相続割合で決着をつけてしまえば話は簡単ですが、亡くなられた方の意思を尊重する事も外せません。

遺留分の制度は、あらゆる権利関係をなぎ倒すほどの威力がある一方、偏った遺産分割を牽制して、公平な落とし所を提供する狙いがあると考えられます。

双方のバランスを取りながら、最終的に決着できるように設計されていますが、故人との関係に加え、相続人同士の関係もあるので、残された家族は大変です。

残された家族が揉めないように、この遺贈と遺留分の制度を理解した上で、準備する事が重要だと思います。