法人版の事業承継税制とは

2023年11月20日事業承継

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今回は、法人版の事業承継税制についてです。

業歴が長く、剰余金が積みあがっている法人の場合、事業を承継する際に多額の贈与税・相続税が課されると、体力を大きく削がれ、事業継続に支障が出る事にも繋がります。

それが原因で事業承継が上手くいかないと困るので、2009年に「事業承継税制」が創設されました。

この制度における一定の要件を満たす事で、後継者が取得した自社株に係る贈与税・相続税の納税が猶予され、さらに一定期間が経過し要件を満たすと、猶予された税額が免除されます。

なお、この制度の促進を図るため、2018年に新たな特例措置が設けられました。

 

制度の概要

適用を受ける要件

制度の適用を受けるには、以下の要件を全て満たす必要があります。

対象 要件
先代経営者 会社の代表者であった
現経営者親族等で総議決権の過半数所有&筆頭株主であった
贈与の場合、贈与時に代表者を退任(有給役員として残留可)
後継者 承継後、自分と親族等で総議決権の過半数所有、かつ筆頭株主
贈与の場合、18歳以上、役員3年以上、代表者
相続の場合、役員であり、相続開始後5ヶ月で代表者
会社 従業員1人以上、売上1円以上の中小企業者
上場会社、風俗営業会社ではない
資産管理会社等に該当しない

適用後の要件

制度の適用後は下記の要件を満たす必要があり、満たさなくなった場合は納税の猶予が外れ、猶予されている税額と利子税の全額、若しくは一部を納税する必要があります。

なお、特例措置の場合は、この要件が大幅に緩和されています。

要件 5年間 5年経過後
一般措置 特例措置
後継者が猶予対象株式を継続保有している
後継者が会社代表者、かつ筆頭株主 不要
雇用の80%以上を5年間平均で維持している 要件緩和

手続の流れ

制度適用時

  • 特例措置を活用する場合は、特例承認計画を都道府県庁に提出する
  • 事業承継税制の申請は、贈与の場合は翌年1月15日迄、相続の場合は相続開始後8ヶ月目迄に行う
  • 審査後、都道府県庁から認定書が交付される
  • 認定書の写しを添付して、贈与税・相続税の申告書等を税務署に提出する
  • 納税猶予額・利子税に見合う担保(自社株)を提供し、税務署に申告する

適用後5年間

  • 都道府県庁へ年1回、「年次報告書」を提出する
  • 税務署へ年1回、「継続届出書」を提出する

5年経過後

  • 税務署へ3年に1回、「継続届出書」を提出する

 

猶予税額の免除

5年経過後に、2代目経営者が3代目へ自社株を贈与する「猶予継続贈与」をすれば、猶予されていた税額が免除されます。

但し、贈与税の納税猶予期間中に先代経営者が死去した場合、贈与税は免除されますが、相続税の納税義務が発生する場合があります。

その際は、一定の手続を経ることによって、相続税の納税猶予へ切り替える事が可能です。

なお、猶予されていた相続税が免除されるケースをまとめると、以下のようになります。

事象 5年間 5年経過後
3代目への猶予継続贈与 × 免除
会社に破産・特別清算の開始命令があった時
心身故障等で代表権喪失時の猶予継続贈与 免除
後継者が死去した場合

制度のメリット・デメリット

メリット

最大のメリットは、2代目経営者で猶予された税額が、3代目経営者に承継される際に免除される点です。

本来は、代替わりする都度、贈与税や相続税を払う必要がありますが、この制度を活用すれば、事業を継続している限り、贈与税や相続税を払う必要がありません。

デメリット

制度を活用することによって、納税が「猶予」されますが、この猶予額に対して、5年経過以降は利子税(2023年時点で年率約0.4%)が発生するので、猶予が外れた場合は、この利子税も払わなければなりません。

3代目が引き継いでくれるなら、猶予された税額は免除されますが、そうでない場合は免除されません。

もし将来的な免除を受けられず、猶予額を納税する可能性が高いならば、この制度を利用すべきではありません。

事業売却によって納税資金が確保できる場合は何とかなりそうですが、事業価値が毀損している場合、一般措置だと承継時の株価で計算された猶予額がキャリーオーバーされますので、危険です。

なお、この制度で猶予される税額は、元々払うべきものを、事業継続を条件に猶予を受けるものですので、3代目に引き継がれなかったとしても、実質的な負担額は利子税だけです。

従って、3代目に引き継がれるか分からない場合は、納税猶予で得られるメリットと、5年経過以降に発生する利子税の負担を比較し、検討する事になります。

 

ケース毎の検討課題

親族内承継

前述の通り、この制度を利用するメリットは、将来的な免除を受けられるケースです。

親族内承継であれば、3代目が事業を引き継ぐかどうか、ある程度の見込みが立てやすいので、この制度の利用に適していると思います。

また、贈与や相続以外の方法として、後継者が持ち株会社を設立し、自社株を取得する方法がよく用いられています。

このスキームの場合、金融機関等からの借入をしないと現預金が減りますし、先代経営者の財産が自社株から現預金に変わるだけなので、相続税の負担はあいかわらず発生する事になります。

この場合は、持ち株会社方式よりも、事業承継税制の利用が適していると言えます。

遺留分の問題

先代経営者の財産が自社株の占める割合が高い場合、後継者に自社株を贈与すると、後継者以外の相続人の遺留分を侵害してしまう可能性があります。

他の相続人が納得していれば問題ないですが、遺留分を主張された場合、後継者はその分の現金を支払う必要が出てきます。

このような遺産分割で問題が発生しそうな場合は、遺留分に関する民法の特例(除外合意・固定合意)を適用することができます。

それでも相続人全員の合意を得る事が難しい場合は、事業承継税制以外の方法で自社株の移転を検討した方がいい場合があります。

除外合意・固定合意については、以下の記事をご参照下さい。

自社株の評価が低い場合

自社株の評価が低い場合は、猶予される納税額も低くなります。

一方、この制度を利用するには、適用を受ける為の手続きに加え、適用後も一定の頻度で報告・届出が必要になるので、その為の事務負担や専門家費用もかかることになります。

従って、猶予される税額がさほででもないのに、煩雑な事務や高額な費用をかけるよりも、他の方法で自社株の移転を検討した方がいい場合があります。