金庫株特例による比較と具体例
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金庫株とは、発行会社が買い取った株式の事で、自社株とも呼ばれます。
上場会社の場合、株価が低迷している際に自社株の買取りをすると、市場に株価が割安とのメッセージが伝わり、株価のテコ入れに繋がったりします。
でも今回は、非上場会社の自社株現金化による、事業承継対策がテーマとなります。
通常、非上場会社が自社株の買取りを行うと、株の売却代金を得た個人は、累進課税(最高税率55%)の適用を受ける為、ほとんど行われません。
しかし、自社株以外に主だった相続財産がない場合、経営に関与しない相続人は自社株を相続するしかなく、経営権が分散するおそれが生じます。
この場合、自社株の一部を現金化できれば、経営に関与しない相続人に自社株以外の財産を渡す事が可能になり、経営権の分散を回避できます。
自社株の現金化という点において、金庫株特例は事業承継対策の決定打になるポテンシャルを秘めていますが、全てのケースで万能な訳ではありません。
今回は、他の事業承継対策との比較を行いつつ、具体的な事例を用いて確認していきます。
金庫株特例とは
金庫株特例とは、相続人が自社株を発行会社に譲渡する際の譲渡所得に対し、累進課税ではなく、分離課税20%(復興税除く)の適用が可能になる制度です。
この特例は、相続発生後のみ適用が可能な制度で、生前に行われる他の事業承継対策とは、その点で大きく異なります。
適用要件
特例の適用を受けるには、以下の要件を全て満たす必要があります。
- 相続、遺贈、又は死因贈与によって取得した個人である事
- 財産の取得者が相続税を納めている事
- 相続開始日から3年10ヶ月以内に発行会社に自社株を売却している事
国税庁HP:相続により取得した非上場株式を譲渡した場合の特例
配偶者の場合は、1億6千万円、若しくは法定相続割合を上限とした配偶者控除が受けられますので、上記2の要件を満たさない場合も考えられます。
その場合、配偶者が少額の相続税を負担するように、遺産分割を微調整する事で、要件を満たす事も可能です。
上記3については、遺産分割が未了の場合、いったん控除を受けない額の相続税を納め、あとから取り戻す事ができますが、その期限と平仄を合わせていると思われます。
なお、取得費については、相続財産を譲渡した場合の取得費の特例の適用を受けられるので、既に支払った相続税の一部を、取得費に加算する事が可能です。
自社株の評価方法
自社株を発行会社へ売却する際、取引の相手方は法人なので、個人間の譲渡に用いる相続税法上の評価方法ではなく、法人税法上の時価とされています。
一般に、時価は相続税法上の評価より2~3割高いので、注意が必要です。
法人税法上の時価は、厳密な定義がある訳ではありませんが、M&Aが行われる際の、第三者間の公正な取引価格として説明される事があります。
ただ、同族間は第三者間の取引とは言えないので、通常は相続税法上の評価方法をベースとして、以下の点を修正したものを時価とします。
- 法人が「中心的な同族株主」に該当する時は、「小会社」として評価する
- 土地は課税時期の実勢価格(固定資産税評価額÷0.7)で評価する
- 上場株式は課税時期の最終価格で評価する
- 純資産価額方式の評価の際、含み益に法人税相当額37%は控除しない
なお、売却価格が時価の半分に満たない場合、みなし贈与の認定を受けるリスクがあります。
適用の手続
特例の適用を受けるには、株の売却日までに、相続財産に係る非上場株式をその発行会社に譲渡した場合のみなし配当課税の特例に関する届出書を、発行会社に提出する必要があります。
提出を受けた発行会社は、株を譲り受けた日の属する年の翌年1月末までに、管轄の税務署長にこの届出書を提出する必要があります。
有効なケース
金庫株特例が有効なケースは、以下の場合です。
- 相続財産のほとんどを自社株が占めている
- 相続人が複数いて、遺産分割で揉めそうだ
- 会社の業績が順調であり、自社株の評価が高い
- 会社に十分な現預金がある or 融資を受けられる
逆に、金庫株特例が必要とされないケースは、以下の場合です。
- 自社株以外に、他の相続人へ分配する十分な財産がある
- 後継者以外の相続人はいない
- 会社の業績が低迷しており、自社株の評価が低い
- 会社に十分な現預金はなく、融資も受けられない
他の対策との比較
持株会社スキーム
前回の記事で、持株会社による事業承継対策について触れました。
このスキームは、後継者が持株会社を設立し、自社株買取り資金の融資を受ける事で、他の相続人へ分配する現金を予め用意し、経営権の分散を防ぐ点がポイントです。
このスキームのメリットは、以下の点です。
- 生前対策なので、引退を考えている経営者にとっては安心できる
- 持株会社への譲渡となる為、みなし配当課税を回避できる
- 自社株は相続財産とならない為、経営権が分散する心配がない
一方、デメリットは、以下の点です。
- 譲渡によって得た現金が、相続税の対象となってしまう
- 業績の悪化により、受けた融資が返済できくなるリスクがある
- 自社株評価を巡って、税務上の否認リスクがある
事業承継税制の活用
この税制は、一定の要件を満たす事で、贈与税・相続税の支払を猶予、若しくは免除される制度です。
この税制のメリットは、以下の点です。
- 3代目に事業が承継された時点で、2代目の相続税等が免除される
- 免除されない場合も、一定の条件下で相続税等が猶予される
一方、デメリットは、以下の点です。
- 適用要件が複雑で、適用後も長期にわたる報告義務が課せられる
- 要件を満たさなくなると、突然納税が発生するリスクがある
- 業績悪化に伴う事業売却等の足枷になるリスクがある
具体的な税額試算
事業承継対策の各スキームは、それぞれ一長一短ありますが、ここで具体的な税額を試算してみましょう。
前提として、以下のようなケースを想定します。
- 相続人は、配偶者、子A、子B
- 後継者は、子Aで、配偶者と子Bは経営に関与しない
- 相続財産は、自社株4億円(法人税法上の時価は5億円)
- 自社株の簿価はゼロ円
- 譲渡所得の税率は20%(復興税除く)
- 自社株評価額の変化、金利負担は考慮しない
持株会社スキーム
現社長は、子Aが設立した持株会社に自社株を譲渡し、売却代金の内、譲渡税を除いた現金を、相続財産とします。
- 持株会社へ自社株を譲渡する際の譲渡税
時価5億円×譲渡税率20%=1億円 - 現社長の手残り
自社株の売却代金5億円ー譲渡税額1億円=4億円 - 現金4億円を法定相続割合で相続した場合の相続税
0円(全額配偶者控除)+2305万円+2305万円=4610万円
トータルで、1億4610万円の税額となりました。
金庫株特例
相続発生後、各相続人は自社株を相続しますが、特例の適用をうけるため、配偶者は自社株の51%(2億400万円)を相続します。
- 自社株を相続した際の相続税
92万円(配偶者控除は2億円迄適用)+2259万円+2259万円=4610万円 - 配偶者・子Bが保有する自社株の時価
相続税法上の評価額3億200万円×(5億円/4億円)=3億7750万円 - 配偶者・子Bが負担した相続税
92万円+2259万円=2351万円 - 配偶者・子Bの自社株を発行会社へ譲渡する際の譲渡税
(時価3億7750万円ー相続税2351万円)×譲渡税率20%=7080万円
トータルで、1億1690万円の税額となりました。
極めて限定的な想定ではありますが、金庫株特例の方が、税額が2920万円少なく計算されました。
この違いの主な要因は、金庫株特例では後継者が自社株を相続で取得するので、その分に対する譲渡税が課税されない点にあります。
最後に
今回扱った事業承継対策以外にも、従業員持株会の設立や、種類株の発行など、検討すべき項目は多岐に渡ります。
それぞれの対策にメリット・デメリットがあり、単に適用が可能だから活用すべきとは言えない点が難しい所です。
また、節税の観点からシミュレーションを行っても、時間の経過と共に業績や相続人の状況が変化するので、単純な比較にならない点も悩ましい点です。
結局のところ、生前に対策すべきなのか、相続発生後まで待てるのかによって、方針は大きく分かれると思います。
そういう意味では、生前での事業承継対策が進まない場合、金庫株特例は大きな助け舟になる可能性があります。
生前での対策は、後戻りできない場合もあるので、それぞれの対策の効用とリスクを整理して、検討する事をお勧めします。