除外合意・固定合意とは
⏱この記事は 5 分で読めます。
事業承継の際、自社株を生前贈与するケースは多いと思います。
形式的に社長の座を譲り渡すよりも、オーナーとして実質的にも経営の座を譲り渡した方が、後継者も株主価値の向上に対して意欲が湧きます。
但し、相続人が複数いて、自社株以外に主だった資産がない場合だと、後継者以外の相続人の遺留分を侵害してしまう可能性が出てきます。
その場合、贈与を機に事業の承継が軌道に乗ったとしても、相続が発生した際に、遺留分の請求を受ける不安を抱えてしまう事になります。
こうした状況への対策として有効なのが、民法の遺留分に関する特例である、除外合意・固定合意です。
遺留分
遺留分の侵害
遺言書がある場合、遺産の分割はその内容に沿って行われるのが原則です。
ただ、いくら遺言があるといっても、お気に入りの相続人に全てを相続させると衡平を欠く事になるので、それぞれの相続人は、最低限の取り分が定められており、この部分を遺留分といいます。
ざっくり言えば、遺留分は法定相続分の半分です。
遺産が現金などの分割可能な資産であれば問題ありませんが、自社株を複数の相続人で分け合ってしまうと、誰が経営を主導するかで揉めるなど、経営の足かせにならないとも限りません。
そのため、後継者は1人に絞り、自社株の大半をその後継者へ相続したいと考える経営者が多くいます。
ある程度の現預金があれば、後継者以外の相続人に対して金銭で補償する事も可能ですが、他に主だった資産がない場合は、当該相続人の遺留分を侵害する状況が生じます。
遺留分の算定
ところで、この遺留分の算定は、相続発生時点の株価で行われます。
生前贈与における税額計算は贈与時点のものですが、その後、株の評価額が上がった場合は、上がった株価で遺留分の算定が行われる事になります。
事業承継税制において納税猶予を受ける贈与税や、相続時精算課税の適用を受ける税額の算定は、贈与時の株価なのに対し、遺留分のみは相続時の株価で再計算されてしまいます。
これだと、後継者が贈与後に株主価値を増大させようとする気持ちにブレーキがかかってしまうので、何らかの対策が求められる事になります。
事前放棄との関係
事業承継における株の分散防止として、民法の事前放棄という制度があります。
これは、遺留分を有する相続人が、被相続人の生前に遺留分を放棄する事によって、自社株や事業用資産の分散を予め防止する制度です。
但し、この事前放棄を行うには、遺留分を有する各相続人が、それぞれ家庭裁判所に申立て、許可を得る必要があります。
これだと、放棄する事にメリットがない相続人が自ら手続をする事が前提になるので、メリットを受ける後継者が全体をリードする事が難しくなります。
また、相続人毎に家庭裁判所の判断がバラバラになる可能性もあり、事業承継における株の分散防止としては、利用しくい制度になっています。
民法の特例
除外合意
除外合意とは、自社株を遺留分の算定対象から除外する事を、推定相続人全員が合意する事です。
この除外合意をしておく事によって、自社株は遺留分算定の基礎となる財産に算入されず、遺留分減殺支給の対象にもなりません。
その為、相続の発生に伴って、自社株が複数の相続人へ分散する事を防ぐ事ができ、後継者は経営に専念する効果が期待できます。
除外合意の適用を受けるには、3年以上事業を継続している非上場の中小企業者において、後継者が会社の代表者であった先代経営者から、贈与等により株式を取得する事が必要です。
固定合意
固定合意とは、自社株の価額を推定相続人全員の合意時の評価額で固定して、遺留分対象の財産に含める事です。
当該合意時の評価額は、弁護士、公認会計士、税理士等の専門家によって証明を受ける必要があります。それ以外の適用要件は、除外合意と同様です。
この固定合意をしておく事によって、相続開始時までに自社株の評価額が上がったとしても、遺留分が増える事はないので、後継者は株主価値の向上に専念する効果が期待できます。
但し、この事は逆の効果ももたらします。
つまり、将来において株価が毀損していても、固定合意があると、遺留分の請求は合意時の評価額でされてしまいます。
中小企業の経営は何が起こるか分からないので、このデメリットは大きいと思います。
さらに、固定合意の場合は、対象となる自社株が遺留分対象の財産から外れる訳ではない点が問題です。
自社株の一部が遺留分の請求対象になった場合、株を複数の相続人で分け合う弊害が生れる可能性があります。
そう考えると、中小企業の事業承継において固定合意が有効な手段となるのは、極めて限られたケースと言わざるを得ません。
ここは、他の条件を付与してでも相続人間の利害を調整し、除外合意を目指すべきでしょう。
付随合意
付随合意とは、除外合意、又は固定合意と併せて、自社株以外の財産を遺留分の対象から外したり、後継者以外の相続人が贈与を受けた財産を遺留分の対象から外す事を、推定相続人全員で合意する事です。
具体的には、事業の用に供している個人の不動産等を、後継者が贈与等で取得している場合に、当該財産についても、遺留分算定の基礎財産から除外する事ができます。
また、その他の相続人が贈与等により取得した財産についても、遺留分算定の基礎財産から除外する事ができます。
後継者以外の相続人の同意を得る為に合意した定めがある場合は、以下のように内容を書面に記載します。
- 後継者は、その他の相続人へ一定額の金銭を支払う
- 後継者は、先代経営者に対し、生活費として、毎月一定額の金銭を支払う
- 後継者は、先代経営者に対し疾病が生じた時は、医療費その他の金銭を負担する
なお、付随合意は、除外合意、又は固定合意と併せて行うものであるため、付随合意のみを行う事はできません。
また、付随合意は任意なので、行わない事もできます。
手続き
除外合意、固定合意の手続きの流れは、以下のようになります。
合意
↓ 1ヶ月以内に申請(後継者が単独)
経済産業大臣の確認
↓ 1ヶ月以内に申立(後継者が単独)
家庭裁判所の許可
↓
合意の効力発生
経済産業大臣の確認
経済産業大臣の確認を受けるには、本省中小企業庁財務課、若しくは全国9か所にある地方経済産業局宛に、以下の書類を提出します。
- 申請書
- 確認証明申請書(家庭裁判所に提出する確認証明書の発行申請書)
- 合意書(合意の内容と、当事者全員の署名・押印がある書面)
- 印鑑証明書
- 定款の写し
- 登記事項証明書
- 従業員数証明書(社会保険の標準報酬月額決定通知書)
- 前3事業年度の計算書類(決算書・注記表・勘定科目内訳書)
- 上場会社に該当しない旨の誓約書
- 先代経営者の出生時から合意日迄の全ての戸籍謄本
- 先代経営者の住民票の写し
- 株主名後の写し
- 固定した価額が公正である事の証明書(固定合意の場合)
家庭裁判所の許可
家庭裁判所の許可を得るには、先代経営者の住所地を管轄する家庭裁判所宛に、以下の書類を提出します。
- 申立書
- 経済産業大臣作成の確認証明書
- 合意書×推定相続人の人数分
- 先代経営者の出生時から合意日迄の全ての戸籍謄本
- 推定相続人全員の戸籍謄本
- 先代経営者の子で死亡している人がいる場合、その子の出生時から死亡時迄の全ての戸籍謄本
出所:裁判所HP
最後に
いかがだったでしょうか。
事業承継においては、自社株の分散を防ぎ、後継者が事業に専念できる環境作りが重要です。
相続が発生する迄の間に、関係する相続人の顔ぶれが変化するかも知れませんし、金銭で補償しようにも、将来はその原資が潤沢にあるとは限りません。
後継者の絞り込まれていて、現在の相続人間の関係が良好なら、事業承継税制の適用と併せて、民法特例上の合意をしておく事は、その後の事業運営の安定を図る上で、有効な手段になり得ます。
事業承継にあたっては、除外合意、固定合意と併せて、様々なオプションを検討される事をお勧めします。