持株会社設立は、何のため?

2024年7月19日組織再編,事業承継

⏱この記事は 7 分で読めます。

持株会社設立と聞くと、大企業がホールディングカンパニーを設立して、経営効率化やガバナンス強化を図っているようなイメージが浮かびます。

上場している会社であれば、持株会社設立は、もはや珍しい事ではありません。

例えば、セブン&アイホールディングなど、上場している会社が持株会社というケースは多いです。

でも、オーナー会社が多い中小企業で、持株会社を設立しているケースも少なからずあります。

この場合、経営効率化やガバナンス強化といった目的も含まれているとは思いますが、主な目的は事業承継対策にあったりします。

事業承継対策とは、後継者に対し事業の引継ぎがスムーズに行われるように対策する事ですが、相続対策の要素もあります。

今回は、オーナー会社における持株会社設立の目的と、それは誰のためになるかについて、考えていきます。

持株会社とは

まず一般的な意味における持株会社設立について、おさらいしましょう。

解禁の経緯

戦後の財閥解体以降、事業支配力の過度な集中を回避し、自由な企業間競争を確保する観点から、独占禁止法により、持株会社の設立は禁止されていました。

ところが、M&Aによる企業再編の妨げになるとして、産業界から持株会社の解禁を求める声が高まり、1997年、独占禁止法の改正案が可決され、持株会社が解禁されました。

設立の目的

先に挙げたように、持株会社設立の目的は、経営効率化とガバナンス強化が挙げられます。

これをもう少しかみ砕いて言えば、傘下企業における従業員のモチベーションコントロールという意味も含まれます。

いわゆる親子関係にあるグループだと、重要な決定権は親会社が握っているケースが多く、従業員の意識として、どうしても上下関係が生れがちです。

それでガバナンスが有効に機能していれば問題ありませんが、グループ全体の成長や競争を促進する観点から言えば、上下関係はない方がいいでしょう。

買収した会社をグループ内に組み込む場合、本体の子会社とするよりも、持株会社の傘下であれば、既存の事業会社と並列の関係にできます。

他にも、資本政策と事業戦略の分離、会社毎の多様な人事制度の対応、グループ企業の間接的買収の防止など、多様な目的が存在します。

設立の方法

持株会社を設立する方法は、新設会社を下に作る「抜け殻方式」と、上に作る「株式移転」があります。

抜け殻方式は、子会社を新規で設立し、既存会社は会社分割により事業の全てを新設会社に移して、既存会社が持株会社になる方法です。

抜け殻方式であれば、株式の移動が無いため、株主関係が複雑などの事情がある場合は、適した方法と言えるでしょう。

株式移転は、親会社を新規で設立し、既存会社の株式の全てを新設会社に移して、既存会社が子会社になる方法です。

株式移転の方法であれば、既存会社で事業を継続する事ができるので、許認可が必要な事業を営む場合は、適した方法といると言えるでしょう。

 

節税の観点

これまで一般的な観点から、持株会社設立について、見てきました。

でも、オーナーにとっての持株会社設立は、上記に加えて節税という観点を外す事はできません。

相続時における問題

事業承継においては、後継者が先代社長から相続で株式を取得するケースがありますが、その際、株式の評価額が高いと、相続税も多額になりがちです。

事業を行っていると、会社の資金繰りのために、個人で現金をあまり持たない傾向も見受けられますが、これだと相続になった時に、相続税を払えなくなってしまいます。

そうした事に備える為に、生命保険に加入するなどの生前対策がありますが、相続税そのものを少なくする節税対策も、広く行われています。

株式の評価方法

非上場の株式を評価する方法は、純資産価額方式の他に、類似業種比準方式というのがありますが、この方式だと、業績が良ければ株式評価も高くなります。

一般に、事業承継の対策が急務になるのは、業績のいい会社です。

利益が潤沢な会社の場合、株式の評価は高くなりがちですが、持株会社の場合は、子会社の業績に左右されずに、一定の方法で評価する事が可能です。

ただ、子会社の業績が良ければ、子会社の株式も高く評価され、持株会社の純資産額は上がるため、持株会社の株式評価は、子会社の業績に影響を受けるとも言えます。

さらに、資産に占める子会社株式が50%以上の場合、株式等保有特定会社となり、評価方法に制約を受ける為、節税効果は限定的になる場合もあります。

含み益の37%控除

株式評価を下げる2つ目の方法として、含み益に対する37%控除があります。

持株会社の株式を評価する際、持株会社が保有する資産は、簿価に対する値上がり分(含み益)に対し、法人税相当額として37%の評価減が認められています。

国税庁資料:純資産価額方式における法人税額等相当額

これは、会社を清算する際には、資産の含み益や利益剰余金に対する法人税等を負担する事になる為、その分は評価を下げておく事を認めるという趣旨です。

将来負担する税金を認識しておくのは、繰延税金負債と重複する概念ですが、自社株を評価する際は、繰延税金負債を認識せず、この37%控除が適用されます。

気をつけなければならないのは、あくまでも「含み益」に対する控除であって、株式評価全体から控除できる訳ではありません。

つまり、対策してすぐに効果を発するものではなく、相続時に株価が上がっている場合に、その値上がり分にしか、この効果は及ばない点に注意が必要です。

 

事業承継の観点

節税効果はさておき、持株会社設立を事業承継対策として行う場合の諸問題ついて、考えていきます。

後継者が設立する持株会社

事業承継対策として、後継者が持株会社を設立し、借入金によって自社株を買い取るスキームが銀行より提案されることがあります。

銀行にとっては、融資できるチャンスでもあるのですが、融資している会社の経営権が、複数の相続人へ分散されてしまう事への心配があります。

特に中小企業は、経営者の采配で左右される要素があるので、事業承継で揉めてる間に、融資先の業績が傾いたら一大事です。

このスキームは、次期社長となるべき後継者が明確で、相続人が複数いる場合において、経営権の分散を回避する点では、有効な手段になり得ます。

株式の取得資金として借入を行う点に特徴があるので、節税というより、他の相続人へ分割する相続財産を、現金で用意しておくという点が本質と言えます。

同時に節税効果を狙うには、退職金支給といった株価引下げ策や、持株会社の評価方法による合わせ技が必要です。

税務上の否認リスク

相続税法64条には、同族会社の行為計算の否認に関する定めがあり、近年になって、この条文に基づく否認事例が増えています。

特に、相続税の支払原資を確保する為に、持株会社に自社株を高額で譲渡し、その分の融資を受けているケースでは、含み損を意図的に発生させているとして、スキーム自体が否認される事があります。

また、持株会社の設立後、すぐに相続が発生してしまった場合、事業上の観点から持株会社の存在意義を説明できなければ、否認リスクが高まります。

同族会社の株価は取引相場がない分、計算根拠をしっかり固めておく事と、組織再編を伴う対策は、計画的に行う事が重要です。

除外合意・固定合意

株式の取得資金を借入金に頼る場合は、株価が適切であると同時に、事業会社が、持株会社の借入金を償還できるだけの配当を行う事が条件になります。

従って、単に相続税対策として持株会社を設立しただけで、株主が現在のオーナーと変わらないのであれば、持株会社の株式も相続の対象になります。

特に遺留分の請求があり、その分の現金が用意できない場合は、株式の一部が相続財産となる可能性があります。

それを防ぐ手立ては、民法特例の除外合意・固定合意をしておく必要がありますが、いずれも生前の手続であり、相続が発生してからでは手遅れです。

除外合意・固定合意とは

 

資産管理会社の観点

もう1点、オーナーが行う節税対策として、資産管理会社の設立があります。

設立目的

持株会社も資産管理会社の一種ですが、資産管理会社の場合は、不動産等の財産を保有する、文字通り資産を管理する為の会社である点に違いがあります。

事業のオーナーは、不動産投資も同時に行っている事もあり、そうした投資物件を資産管理会社の保有にしているケースもあると思います。

税制上は、さきほどの37%控除の制度が利用できますので、保有する不動産等が将来値上がりした場合、相続税を減らす効果を得られます。

ただ、資産管理会社の設立目的は、節税もありますが、各々の資産の名義変更が不要になる点が大きいと思います。

運営における問題点

持株会社が、一族の資産管理会社であれば、一族が保有する資産を名義変更する事なく引き継げますので、相続人で株式を分け合えば簡便なようにも思えます。

でも、自社株の場合は、後継者に経営権を集中する事が不可能なばかりか、主要な資産が法人名義なので、他の資産で自社株の分を代替するという柔軟な対応も難しくなります。

そもそも、扇の要となる人物が亡くなった後、残された親族が仲良く資産管理会社を運営していけるかという点も、難しい面があるように思います。

 

最後に

これまで見てきたように、持株会社設立の目的は、節税、事業承継対策、一族の資産管理と様々であり、それぞれの目的において、問題となる点もあります。

確かに、節税や事業承継対策は、広く認知されたスキームではありますが、全ての会社にとって有効ではなく、相続人の状況や事業の収益力によって、適否が左右される点に注意が必要です。

また、資産管理会社や経営に関与しない親族の存在は、気を付けないと、事業承継対策の障害となる可能性もあります。

さらに、事業承継対策は、利益が潤沢な会社における課題とも言えるので、業績が不安定であれば、まずは事業のテコ入れを優先すべきと言えます。

持株会社設立と聞くと、少し上のステージに立てた気がするものですが、目的をはっきりさせた上で、税務や事業リスクの観点から、地に足のついた選択をすべきでしょう。